令和三年明けましておめでとうございます。
代表取締役、菱川学です
本年も、桧家住宅名古屋をどうぞよろしくお願いいたします。

さて、丑年の本年ですが私がこの業界に従事させていただいたのも丑年の昭和64年(平成1年)です。もうこの業界に携わり、干支が二周したことになります。あっという間です。昭和→平成→令和と三世代ですね、この24年間様々なことが住宅業界にも起こり、進化と衰退と繰り返し、住宅の在りようが大きく変化してきました。結果私から見ると、日本の住宅は価格を抑えつつ、高性能、高寿命の良き住宅が増えてきたと感じています。その進化と衰退を顧みてみると、二大要素を感じます。

一つは、景気です。昭和の最後はバブルでした、正直低品質で高額な商品が住宅だけでなく売れまくる時代でした、造れば売れる時代!ここは明らかに衰退の時代ですね。そんな良き時代は、永くは続きません。その後は私が多く経験してきた、バブル崩壊デフレ時代へ突入ですね、これが今も続くバブル崩壊30年以上の平成時代の象徴であり、負の遺産、失われた30年と言われるものですね。住宅業界においては、このデフレ時代は何も悪いものだけでなく、本物しか売れない時代ととらえれば大きな進化をした時代でもあります。皆、苦労すれば知恵も出て、何を造れば世間に認めれるかを、必死で考えてきた時代でもあります。人間、外部環境良ければ甘えるし、外部環境悪ければ、生き抜こうと頑張り努力する、この繰り返しが進化ですね。

もう一つは、災害です。最初は入社7年目に起きた阪神淡路大震災です。あの光景は今でも忘れません。当時は木造住宅の地震に対する脆弱さが世間の見方となり、かなりの逆風を感じた時でもありました。しかしこれは、大きな進化へ第一歩でもあります。4年後には、建築基準法の大きな改正がされ、日本の建築物の耐震性能は、格段の向上をします。素晴らしい進化と、当時感じたものです。以後の新潟中越地震、まだ最近の熊本地震においても、その震災の痛みから、住宅は変化し続けています。日本が、世界に通用する高層建築ビル技術があるのは、地震大国でもあるからだと私は、感じています。
もう一つ、忘れてはならない大きな災害は、東日本大震災ですね、地震はもとより、津波、そして原発事故です。桧家住宅名古屋は、この東日本大震災のあった、2011年に誕生しています。原発事故で、日本中の電力会社の原発を一時全面停止し、電力不足が日本中に起きました、エアコンの28℃設定やクールビズなど定着したのも、この震災がきっかけです。皆様々な我慢をしました、協力しあいました。そして、10年たった今、住宅の省エネ性能は格段に進化をし、我慢無くして快適に低エネルギーで住める、住宅へと進化しました。併せて環境問題など、それまで一部の人しか関心がなかったものが、多くの世間の人が、地球規模の環境問題を意識できるようになりました。
東日本大震災という、大きな痛みを大きな財産へと変えています。断熱気密、太陽光発電、蓄電池への住宅の主流のきっかけがこの2011年という気がします。

最後に、昨年2020年から今年にも続くコロナ禍は、数年後住宅の進化に何をもたらすのでしょうか?
我々も、現時点で明確な答えはわかりません。
ウィルス対策の家、巣篭りの家、ワーケーションの家、スクールな家、オール宅配な家、何かはわかりません、言える事は一つ、必ず衰退ではなく、進化を、もたらす住宅が生まれる事。我々もこの新しい生活スタイルに、知恵を絞り社会に貢献していきたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。